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大阪地方裁判所 平成6年(ワ)1213号 判決

原告

甲野春子

右訴訟代理人弁護士

松田繁三

被告

山一證券株式会社

右代表者代表取締役

三木淳夫

右訴訟代理人弁護士

吉田清悟

主文

一  被告は、原告に対し、一六八万三〇〇〇円及びこれに対する平成七年六月五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを二分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

四  本判決の第一項は、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  請求

被告は、原告に対し、三三二万五二一五円及び内金二一〇万円に対する平成三年四月一七日から、内金一二二万五二一五円に対する平成五年五月一七日から、各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、被告を通じてワラントを購入した原告が、被告またはその従業員のした当該ワラントの勧誘に、適合性の原則違反あるいは説明義務違反等の違法があるとして、被告に対し、不法行為(民法七〇九条又は七一五条)による損害賠償を求めるものである。

一  争いのない事実等

1  当事者等

(一) 原告は、昭和二一年五月一四日生れの専業主婦である。

(二) 被告は、有価証券の売買及びその取次等を業とする株式会社である。

(三) 乙川明子(以下「乙川」という。)は、昭和五九年一一月一三日、被告に入社して以来、被告堺支店所属の営業員であり、投資信託受益証券及び社債・転換社債等を販売する権限を有する者である。

〈書証番号等省略〉

2  ワラント

(一) ワラントとは、新株引受権付社債の新株引受権部分のことであり、予め決められた権利行使期間(以下「行使期間」という。)内に、予め決められた権利行使価額を、所定の機関を通じてワラント発行会社に払い込むことによって予め決められた数の新株を取得できる権利である。

(二) ワラントの商品としての特徴

(1) 新株引受権を行使しないまま、行使期間が経過すると、ワラントは経済的に無価値となる。また、株価が新株引受権の権利行使価額を下回っている場合、右権利を行使する経済的利益がないため、行使期間最終日において株価が権利行使価額を上回る可能性がなくなった場合には、右期間経過前においても、ワラントは無価値となる。

(2) ワラントの取引価格は、基本的に株価に連動して変動するが、その変動幅は株価の数倍に及ぶ。

3  本件ワラント取引

(一) 原告は、乙川から、平成三年四月一一日、サッポロビール新株引受権(第一回)(以下「サッポロワラント」という。)の購入を勧誘されたのを受けて、同月一七日、同ワラントを一〇単位購入し、被告に対し代金合計一九一万円を支払った。

(二) 原告は、乙川から、平成五年五月一一日、長谷工コーポレーション新株引受権(第二回)(以下「長谷工ワラント」といい、サッポロワラントと併せて「本件各ワラント」という。)の購入を勧誘されたのを受けて、同月一七日、同ワラントを五〇単位購入し、被告に対し、代金合計一三一万四六二六円を支払った。

4  乙川の原告に対する本件各ワラントの勧誘は、被告の事業の執行につきなされた。

5  原告は、平成六年六月二一日、長谷工ワラントを売却し、被告との間で同月二四日決済して、売却代金二一万九四一一円を受け取った。

二  争点及び争点に関する当事者の主張

1  本件各ワラント勧誘行為の違法性の有無

(一) 適合性の原則

(1) 原告の主張

投資勧誘に際しては、投資者の意向、投資経験、資力等に最も適合した投資が行なわれるよう十分に配慮するべきであり(適合性の原則。平成四年改正証券取引法五四条一項一号〈施行は平成五年四月一日〉参照)、証券会社は、投資者の意向と実状に適合した取引を行うため、取引開始基準を定めることとされている(公正慣習規則九号五条)。これを受けて、被告において、概ね、女性については勧誘してはならない、預かり資産が五〇〇万円以上あること、証券取引について相当の知識と経験があること、といった取引開始基準を設定している。

これは被告の内部規定であるが、前記適合性の原則を受けたもので、法規範としての適合性の原則を具体化するものであるから、これと一体として法規範性を有する。

女性である原告に対してなされた、本件各ワラントの勧誘は適合性の原則に反するものであり、違法である。

(2) 被告の主張

ワラントの投資のリスクは確かに大きいが、投資金額が小さければ投資金額に対する損失額の割合(損失率)は、株式投資における損失率よりも小さい場合もあり得る。投資額が適正であれば、一般のサラリーマン程度の所得階層にも適合する取引である。

(二) 説明義務違反及び断定的判断の提供

(1) 原告の主張

有価証券の売買その他の取引に関し、虚偽の表示をし、または重要な事項につき誤解を生ぜしめる表示をすること(平成二年大蔵省令一〇号による改正後の証券会社の健全性の準則等に関する省令二条一号)や有価証券の性格、取引の条件、価格の騰貴もしくは下落について顧客を誤認させるような勧誘をすること(同省令三条三号)は禁じられている。これらの規定は、証券会社が顧客に対して当該証券の性格や取引条件、価格の騰落について正確かつ十分な情報を提供すべきことが前提とされている。そこで、被告は、顧客にワラントの購入を勧誘する際に、以下に述べるような事項について、社債や株式等、他の金融商品との違いを明確にして、誤認、混同を招かない程度に説明する義務がある。

① ワラントは、行使期間経過後は無価値となり、同期間内であっても、株価が権利行使価格とワラント取得価格の合計額を上回らなければ、無価値となる場合があること。

② ワラント一般及び当該勧誘にかかるワラントの商品内容、すなわち、それが、新株引受権証券であること、行使期間、権利行使価格、一ワラントの権利行使による取得株式数、権利行使をする場合に必要な株式取得代金額。

③ 国内ワラントの取引についての価格情報の入手方法、入手した価格情報の意味、予想される売買価格の構造、ポイントの意味、価格の計算方法。

ところで、証券会社が顧客に株価変動に関する断定的判断を提供することは禁止されている(証券取引法五〇条一項一号)。

乙川は、サッポロワラントの勧誘の際には、ワラントの仕組みや危険性についての説明を全くしなかった。

そして、長谷工ワラントの勧誘の際に、乙川は、ワラントが無価値となる可能性について「世間で騒がれているようなことはありません。ゼロになるようなことは絶対ありません。いまはマンションが売れ出しているから、必ず儲かります。期間は今年の一二月まで待ってください。長くても一二月には必ず儲かります。」等といった内容のセールストークを執拗に行った。

また、本件各ワラント取引のいずれの勧誘の際も、乙川は、原告に対し、ワラント取引に関する説明書を交付していない。

(2) 被告の主張

上場証券(株式、新株引受権等)について、商品説明義務を根拠づける法令は本邦には見当たらない。資本主義経済体制下において、売手が買手に商品内容を説明するのはセールスのためであり、法的義務の履行としてやっているのではない。

ワラントのリスクは、平成二年五月ころから日経新聞以外の一般各新聞紙上にも報道されており、サッポロワラントの勧誘当時、すでにワラントにリスクが存在することは公知化していた。原告は、日経新聞を講読し、株式、転換社債、ワラント等あらゆる金融商品の研究に余念がなく、ワラントの研究をしており、証券取引の知識は十分であった。したがって、原告は、ワラント投資のリスクを当然に知っていたはずである。

長谷工ワラントに関する乙川の勧誘は、株式に連動して激しく値動きするワラントについて、値上がりの確率の高さをセールスしたに過ぎず、およそ、株式やワラントが絶対に値上がりするというものでないことは、原告もその経験上十分認識しているはずであるから、何ら違法ではない。

日本証券業協会は、会員証券会社に対し、平成二年四月、説明書交付と自己の責任で取引する旨の確認書の徴求を義務づけたが、これは、業界団体の自主規制にすぎない。現実問題としても、説明書などは、大部分の顧客はほとんど読まないものであるから、その交付には大した意味はない。

2  損害額

(一) 原告の主張

不法行為は、勧誘時の行為により完成しており、これらの不法行為によって、原告がそもそも購入する必要もなかったワラントを購入させられ、代金を出捐させられたこと自体が損害である。

したがって、乙川の勧誘により出捐した本件各ワラントの購入代金合計三二二万四六二六円から、長谷工ワラントの売却代金二一万九四一一円を控除した額である三〇〇万五二一五円及び弁護士費用三二万円の合計三三二万五二一五円が損害額となる。

(二) 被告の主張

(1) 本件各ワラントの原告購入価額は、サッポロワラントについては、発行時に大蔵大臣に届出られた公正な発行価額であり、長谷工ワラントについては、取引所の当日終値であり、いずれも公正な時価であって、購入時点では原告に損害はない。代金支払によって本件各ワラントの取引は完結しており、買い付け後の本件各ワラントの市場価額の変動によって損害が生じても、被告又は乙川には責任はない。

(2) サッポロワラントに関しては、行使期間である平成一一年四月までに株価が一〇〇〇円程度までに回復すれば、ワラント価額は購入当時の水準まで回復するはずであり、損失が発生しない蓋然性が高い。

(3) 仮に、本件各ワラントの購入代金が損害となり得るとしても、原告は、弁護士に訴訟委任をしており、弁護士からワラントの危険性を知らされたのが平成六年一月一〇日である。原告は、遅くとも平成六年一月一〇日には、弁護士からワラントの危険性を知らされていながら、ワラントの保有を続けたのであるから、この日以降に発生する値下がり損は、被告の負うべき損害とならないというべきである。

(三) 原告の反論

一般に、ワラントは、価格形成が不明朗であり、現在価格の確認すら容易でなく、今後の値動きの見通しは投資家側にはほとんどわからない上、ワラント売却の手続も一般には知られていないから、投資家によるワラントの売却は一層困難である。また、原告がワラント取引の違法を確知したとしても、原告は、損失の承認とみなされる不利を恐れることから、直ちに売却することは困難である。

更に、本件では、被告の従業員であり、乙川の上司に当たる田代次長が、原告に対し、行使期間までサッポロワラントを保有し続けるように勧めていたという経緯もある。

このような事情の下で、原告に本件各ワラント取引の危険を確知した時点で直ちに売却せよと期待するのは酷にすぎるというべきであり、被告の主張は失当である。

3  過失相殺(被告の主張)

本件では、サッポロワラントについて五割、長谷工ワラントについて八割の過失相殺をするべきである。

第三  争点に対する判断

一  一般に証券投資は、取引証券の売却時における相場が購入時における相場より上昇していることによる差益の獲得を目的として行われるところ、投資者が利用しようとする相場は、経済情勢、政治状況等多くの不確定な要素により変動するものであるから、証券投資は本来的に相場の変動に起因する危険を伴う取引である。したがって、あえて証券取引に入ろうとする者が相場の下落による損失をも負担するのは当然であるから、投資者においては、対象証券の内容、特性等必要な事項について十分理解した上で、自らの判断と責任において、当該取引の危険性及び自己がその危険に耐えるだけの相当の財産的基礎を有するかどうかを判断して取引を行うべきであり(自己責任の原則)、このことは、ワラント取引についても当然に妥当する。

しかし、証券投資が投資家の自己責任の下に行われるべきものであるとしても、それは証券会社の行う投資勧誘がいかなるものであってもよいことを意味するものではない。証券会社は、前記の相場を左右する諸要因を始めとして、証券発行会社の業績、財務状況等についての高度の専門的知識や情報及びこれらを総合して相場の動向を予測する能力と経験を保持している。他方、多くの一般投資家にとっては、必ずしもこれらの知識、情報、能力及び経験等の取得は容易でなく、証券市場に参入しようとする多数の一般投資家は、証券会社から得る情報等を信頼して取引の判断をせざるを得ない。このような状況の下において、専門家としての証券会社又はその使用人には、投資者の年齢、職業、財産状態、投資目的、投資経験等に照らして、当該投資者にとって、明らかに過大な危険を伴う取引を積極的に勧誘したり、投資者が投資するか否かを判断するための重要な要素である当該取引に伴う危険性について、正しく認識するに足りる情報を提供しなかったり、虚偽の情報や断定的情報を提供して取引に伴う危険性についての顧客の認識を誤らせるなど、投資者の自由な判断と責任において決定することが期待できないような、社会的に相当性を欠く手段または方法によって投資を勧誘することを回避すべき法的な注意義務があるというべきである。

そして、右勧誘時の注意義務違反の有無等は、当該取引の一般的な危険性の程度、その周知度、顧客の投資経験、知識、職業、年齢、判断能力、当該取引の勧誘が行われた際の具体的状況等に照らして判断されるべきであり、原告の主張する、証券取引法や規則の規定は、証券会社に対する公法上の取締法規あるいは証券会社の自主的ルールであるから、右判断に当たって考慮すべき要素の一つをなすにすぎず、これらの規定に違反したからといって、直ちに私法上も違法と評価されるわけではない。

以上のことを前提として、以下検討する。

二  争いのない事実及び証拠(〈省略〉)を総合すると、次の各事実を認めることができる。

1  原告は、昭和六一年ころより、日興証券株式会社京橋支店(現在の同社ビジネスパーク支店)との取引を開始して、証券投資を始めた。日興証券との取引内容は、総額数百万円程度を、転換社債と投資信託に分けて投資するというものであった。

次いで、原告は、平成三年九月より新日本証券株式会社堺支店との取引を開始し、同社との間では現物株式の取引をしていた。

当時、原告は、知人から得た情報を基に、鉄鋼株の売買で利益を得たことはあるが、信用取引やワラントの取引経験はなかった。

2  原告は、亡父の遺産分割の結果取得した現金と自分のへそくりを合わせて、約一〇〇〇万円の余剰資金を有していた。この資金について、原告は、いかに自分が受け取り自由な処分が許されたお金とはいえ、亡くなった父の遺産を含む以上、母や兄弟の手前、むやみに費消してしまうわけにはいかないと思っていたところ、平成元年一一月ころ、知人から、安全な資金を運用する点で信頼できる人物として被告の従業員である乙川を紹介され、これをきっかけに、乙川を通じて被告との取引を開始した。原告は、乙川と取引を始めるにあたり、「安全なもので元金を割らないように」と頼んだ。

3  原告と被告との間では、別紙一覧表記載のとおりの証券取引がなされた。その内容は、本件各ワラント取引以外は、金貯蓄、転換社債、投資信託といったものであり、株式の取引はなかった。当初、原告は、元本割れの可能性の小さい、比較的安全な取引を望んでおり、乙川も原告は比較的安全な取引を志向する顧客であり、自分の買った証券の相場が下がることについてはかなり神経質に気にする性格であるとの認識を有していた。

4  原告は、平成元年一二月二〇日に山一証券転換社債を三〇〇万円で購入したが、これは購入以後暴落を続けた。原告は、この事態に直面して、乙川とその上司に対して頻繁に電話し、早く山一証券の転換社債を元に戻してほしい、損を取り返してほしい、との要求を繰り返した。乙川は、当時の山一証券の業績からして今後も大幅な値上がりは期待できないと判断し、償還期まではかなりの期間があったことから、損失がこれ以上拡大しないうちに同転換社債を売却して、より有利な商品に買い替えるという対処法を原告に提案した。原告は、これに応じて、平成二年一一月九日、右転換社債を、買値より九六万円以上も安い二〇三万五五二六円で売却した。

その後、原告は、サッポロワラント購入までの間に、松下電器、マツダ及び堺化学工業の転換社債を購入・売却し、それぞれ、九万六四六〇円、一五万一六一八円、三万七六〇四円の利益を得たが、山一証券転換社債の取引で生じた損失を取り戻すには至らなかった。

5  このような状況の下、乙川は、平成三年四月一一日、原告に電話をして、儲かる話がある、山一証券転換社債で生じた損を取り返せる、と言い、翌日、原告宅を訪問した。

原告宅において、乙川は、サッポロワラントの購入を勧誘したが、その際に、原告に対し、かつて被告において扱ったワラント(神戸製鋼ワラント)が値上がりし利益が出たこと、相場は上昇基調にあること、夏に向かってサッポロビールの株価は値上がりするであろうこと、サッポロビールのワラントは希少価値があることを説明し、神戸製鋼ワラントと同様に値上がりする可能性が高いからと、サッポロワラントの購入を勧めた。

乙川は、投信債券外務員の資格を有するにすぎず、社債や投資信託の販売を担当する者であり、自ら単独で株式やワラントの注文を受けることはできず、これらを販売する場合には上司に取り次がねばならないことになっていた。乙川が原告にワラントを勧めたのは、上司から儲かる商品であるとの話を聞いたことがきっかけであったが、当時、乙川は、ワラントの商品内容についての知識をほとんど有していなかった。また、被告は、ワラントの販売方法に関して内部的規制を設けていたが、乙川が知っていたのは、女性名義での購入ができないということだけであり、あらかじめ説明書を交付して、取引に関する事項を説明し、顧客に理解させる必要があるということは知らなかった。その結果、乙川は、原告に対し、勧誘する際、ワラント取引の説明書を交付することもなかったし、ワラントに行使期間があり、これを経過すると無価値となること、値動きの幅が株式と比べて大きいこと等の基本的知識すら有さず、したがって、このようなワラントの商品内容について口頭で説明することもなかった。

原告は、ワラントの商品内容を知らなかったが、大きな利益が期待できるとの乙川の説明を受けて、サッポロワラントの購入を決めた。

6  その後、被告は、平成三年四月一七日、サッポロワラントの新株引受権証書の保護預かり証を送付し、平成四年三月と同五年三月に、原告のもとへ新株引受権証券取引説明書を送付した。新株引受権証券の保護預かり証には、行使期間及び右期間経過後は無価値となることが記載されている。

7  サッポロワラントが値下がりしたため、原告は、平成四年一一月ころ、乙川に電話をし、ワラントに関しての苦情を伝えた。そこで、乙川は、平成五年一月、上司である田代次長に伴われて、原告宅を訪問した。

このとき、田代次長は、乙川が勧誘当時、ワラントがゼロになる説明をしなかったことを認めてワラント価格が値下がりしたことについて詫びたうえ、ワラントには行使期間があり、右期間を過ぎたら無価値になること及び行使価格についての説明をした。また、当時のサッポロワラントの価格がポイント数で六ポイントであることを説明した。これに対し、原告は、行使期間を過ぎたらゼロになるということは知らなかったと言い、重ねて値下がりについて苦情を言ったところ、田代は、償還期限まで六年ほど残っているから、ワラント価格の回復を期待して持ち続けるように説得した。

8  乙川は、平成五年五月一一日、原告に電話をして、投資信託(「スリーポイント」)を売って長谷工ワラントを買うように勧めた。原告は、既にサッポロワラントの大幅な値下がりで損をしていることから、再度のワラントの勧誘に対して憤り、勧誘された当初は再度のワラント取引の勧誘を断った。

これに対し、乙川は、現在、長谷工ワラントは価格が下がっており、限られた資金量でも多くの数量を買えること、相場は年末に向けて上がるであろうこと、長谷工はマンションの売れ行きが好調であること、ワラントは価値がゼロになると世間で騒がれているが、長谷工ワラントがゼロになることはないと説明し、山一証券転換社債で生じた損を取り戻すことができそうだ、ワラントの損はワラントで取り返すしかないと説得した。それでも、原告は、考えてみるといって、この日には承諾せず、その後、田代次長に電話して、スリーポイントの売却及び長谷工ワラントの購入について相談したところ、田代からスリーポイントは売らない方がいいと言われた。

原告が、翌日(同月一二日)、その旨を乙川に伝えると、乙川は「ワラントについては田代次長より私の方がよく知っている」と答えたうえ、前日と同様の説得を繰り返し、結局、原告は、この日に長谷工ワラントの購入を承諾した。

ところで、原告は、承諾したものの、なお不安が残ったため、その翌日(同月一三日)に長谷工ワラントをすぐに売却しようと考えたが、乙川に売却を依頼するより先、同月一三日午前八時ころ、乙川から電話があって、心配するなと言われたため、乙川の言を信じて売却をやめ、そのまま保持することにした。

三  適合性の原則について

二で認定した事実及び争いのない事実等を総合すると、原告は、サッポロワラントの勧誘時において四四歳(長谷工ワラント勧誘時において四六歳)の専業主婦であったものの、サッポロワラントの購入以前に約五年にわたって、三社の証券会社との間で、株式、投資信託、転換社債等への投資経験を有していたこと、原告と被告との間の取引の原資は、約一〇〇〇万円の余剰資金であり、当初は、これを有利に運用する目的で取引が始められたが、山一証券転換社債で損失を蒙って以来、原告の取引の目的は、専ら右損失を回復するための投機が目的となったこと、ワラントは、その値動きが株式の数倍に及ぶ点及び無価値となる場合がある点で危険性の高い投資商品であること、原告はワラント購入代金として、サッポロワラントにつき一九一万円、長谷工ワラントにつき一三一万円余りを支払ったこと、以上の事実が認められる。これらの事実に照らして判断するに、本件各ワラント取引は、総額三二二万円余りの投資の結果が無価値となる危険性を有するものではあるが、右に認定した原告の投資経験、取引目的及び投資の原資が余剰資金であったことを考慮すると、原告にとって明らかに過大な危険を伴う取引とまでは評価することができない。したがって、乙川が、原告に対し、本件各ワラントの勧誘をしたこと自体が、いわゆる適合性の原則に違反するものとはいえず、この点に関する原告の主張は理由がない。

四  説明義務違反及び断定的判断の提供について

1  サッポロワラントの勧誘の違法性

二で認定した事実、争いのない事実等及び証拠〈省略〉を総合すると、サッポロワラントの勧誘の際に、ワラントの危険性は新聞で報道されるようになっていたが、勧誘している乙川自身がこの点に関する知識を有していなかったこと、平成五年に乙川と田代次長が原告宅を訪問しワラントの危険性を説明した際、原告は非常に驚いていたこと、原告が当時講読していた新聞は日経新聞ではなく、読売新聞であったこと、被告との間で取引を開始した当初の原告の目的は預貯金よりも有利な資金運用ができれば充分ということにとどまり、それ以上にリスクを冒してまで大きな利益を得ようとは考えていなかったこと、原告は投資元本を割り込むことには神経質であったこと、投資の原資には亡父の遺産が含まれており、原告はこれをみだりに費消することは望んでいなかったこと、以上の事実が認められる。これらの事実に照らすと、原告は、サッポロワラントを購入する際、ワラントのもつ危険性、すなわち、行使期間を過ぎると無価値となり、また、株式に比べて値動きの幅が大きいとの説明を受けておらず、このようなことは知らなかったのであり、この点を正確に認識していたならばサッポロワラントへ投資することはなかったとする原告の供述は信用できるというべきである。そうとすれば、乙川が、サッポロワラントの勧誘にあたり、ワラントの商品内容を何ら説明することなく、漫然とワラント価格上昇の期待のみを強調して勧誘をしたのは、社会的に相当性を欠き、違法な勧誘であるといわざるを得ない。

2  長谷工ワラントの勧誘の違法性

二で認定した事実及び争いのない事実等を総合すると、乙川は、原告に対し、平成五年五月一一日、長谷工ワラントの勧誘をする際に、同ワラントはゼロになることはない旨の説明をしていたこと、原告は、そのころまでに、約七年間の証券投資経験を有し、殊に、平成三年には前述のサッポロワラントの取引経験があったこと、サッポロワラントではワラント価格の低下により投資元本の実質的目減りが生じており、原告もこのことを十分に知悉していたこと、平成五年一月には、原告宅を訪れた田代次長から、ワラントの商品内容の詳しい説明を受け、ワラント取引のリスクについても認識していたこと、以上の事実が認められる。このような事実を前提とすると、長谷工ワラントがゼロになることはない旨の乙川の説明は、相場の変動の可能性を否定し、確実に価格が上昇するとの断定的な判断を示したものではなく、ワラントの相場に変動があることを前提とした上で、相場上昇への楽観的見通しに基づいて、上昇の可能性を強調したものにすぎなかったというべきであり、原告は田代次長にも相談したうえで、最終的には自らの判断によって購入を決断したものということができるから、取引に伴う危険性についての顧客の認識を誤らせるような社会的に相当性を欠く勧誘方法であったとは認められず、長谷工ワラントの勧誘は違法とはいえない。

五  損害額

1 違法な勧誘により投資者が証券を購入した場合、当該勧誘がなければ出捐もなされなかったのであるから、基本的には、購入のために費用を支出したこと自体を損害ということができる。しかし、投資者が依然として購入した証券を保有する場合には、当該証券の価値相当分についての損害は発生していないというべきであり、しかも、相場の変動に伴って当該証券の価値も確定していないのであるから、損害は、口頭弁論終結時において確定的に発生し、損害額は、購入代金額から口頭弁論終結時における当該証券の取引価格を控除することによって算定されるべきである。

2  そこで、本件口頭弁論終結時におけるサッポロワラントの取引価格を検討するに、争いのない事実、証拠〈省略〉、当裁判所に顕著な事実(日経新聞の株式欄の記事等)及び弁論の全趣旨によれば、原告は、サッポロワラント一〇単位を購入したこと、同ワラント一〇単位を口頭弁論終結時において保有していること、サッポロワラントが、それより分離されたところの新株引受権付社債券の額面額(以下「ワラント債の額面額」という。)は一〇〇万円であること、口頭弁論終結時において、サッポロワラントは、ワラント債の額面額一〇〇円当たり二円一〇銭で取引されていたこと、ワラント一単位の取引価格は、ワラント債の額面額一〇〇円あたりの取引価額にワラント債の額面額を乗じ、一〇〇で除し、取引ワラント単位数を乗じることにより算出されること、以上の事実が認められる。右各事実によれば、口頭弁論終結時のサッポロワラント一〇単位の取引価格は、二一万円である。

3  弁護士費用についてであるが、サッポロワラントの勧誘と相当因果関係のある弁護士費用相当の損害額は、一七万円と認めるのが相当である。

4  以上によれば、損害額は、サッポロワラントの購入代金額一九一万円から、口頭弁論終結時のワラントの価格二一万円を控除した金額一七〇万円に、弁護士費用一七万円を加えた合計一八七万円となる。

六  過失相殺

二で認定した事実及び証拠〈省略〉を総合すると、値動きが大きな投資商品は相応のリスクを伴うものであるとのことにつき、原告は、自らの投資経験上容易に予想し得たこと、サッポロワラントを購入した当時、行使期間が存在することや無価値となる可能性があるといったワラントの特質は、すでに広く社会一般に報道されており、原告は、これを容易に知り得べきであったこと、それにもかかわらず、原告は、自ら投資の対象について調査することなく、乙川の説明を安易に信頼したこと、以上の事実が認められる。これらの事実に照らすと、本件の損害発生について、原告にも全く落ち度がないとはいえず、過失相殺として損害額の一割を減ずるのが相当である。過失相殺後の損害額は、前記五4の損害額一八七万円から一割を減じた一六八万三〇〇〇円となる。

七  結論

以上の検討により、原告の本訴請求は、サッポロワラントの勧誘についての損害賠償として一六八万三〇〇〇円及びこれに対する確定的に損害の発生した日である平成七年六月五日(口頭弁論終結時)から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。

(裁判長裁判官中田昭孝 裁判官瀬戸口壯夫 裁判官齋藤聡)

別紙原告・被告間の取引一覧表〈省略〉

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